小説 川崎サイト



竜宮城

川崎ゆきお



「おかしいとは思わんかね」
 新入社員の室田が、社員食堂で先輩の若い社員に質問し続けている。
「そういえば、まあ、そうですねえ。あまり考えたことなかったですよ」
「私は五十前だよ。それで採用された。正社員だ。別に通信設備の経験者じゃない」
 室田の初任給は若い社員よりも高かった。
「このランチだってそうだよ。これが百円とは、恐れ入ったよ」
「いっそのこと無料にしてくれればいいんですが」
「それに一人で出来ることを三人でやってる。暇でしょうがない。他の会社なら人員整理で半分以上は解雇されるよ。いや三分の二以上解雇だ。それなのに私のような中高年者を入れてる。いや、感謝してるよ。前の会社に比べれば天国だ。仕事は楽だし、給料もいい」
「じゃあ室田さん、問題ないじゃないですか」
「それが問題なんだよ。おかしいとは思わないか……君は? あ、悪い、先輩だったね」
 若い社員はただ笑っている。
「研修だけどね、どんなことするの?」
「雄琴温泉で一泊するだけですよ。まあ、慰安旅行だと思えばいいんじゃないですか。ちょっと話聞くだけで終わりますよ。後は宴会で、そのあとはお楽しみが待ってますよ」
「先輩も行ったのかね?」
「雄琴は何回も行ってますよ。今年は東南アジアの研修を申し込んでます。室田さんは新人ですから、近場です」
「研修とは別に、慰安旅行もあるんだよね」
「人気ないから、来年からはないとか」
「どうして?」
「研修旅行は手当が出ますからね」
「そういうことか」
 室田の仕事は、請求書の印刷機のインク交換だった。それを三人でやっているのだが、一度交換すると三時間は持つ。三人で見張っているだけの仕事だった。
 通信設備会社に就職したのだが、通信とは関係のない作業だった。これなら専門知識も必要ではない。
 インク交換は二回ほどで覚えた。
 室田はこんな楽な会社勤めがあるとはどうしても思えない。
 研修の雄琴温泉では、竜宮城で遊ぶようないい思いをさせてもらい、初任給は人員整理で首になった会社よりも高かった。
 しかし、室田は退社した。この待遇が薄気味悪かったからだ。
 
   了
 

 

 

          2006年05月4日
 

 

 

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