小説 川崎サイト



コンビニ

川崎ゆきお



 沼田裕は三十前に田舎へ戻った。都会での夢が破れ、農業を継ぐ決心をした。
 家族も村人も喜んだ。
「結婚してからでは戻れんからね。ちょっと早いけど尻割ったよ」
「ええんやない。こっちは歓迎や」
 裕の同級生で市役所で働いている荘司が言う。
「あっちでは、尻割ったけど、人形劇はまだ諦めてない」
「こっちで人形劇団作ったらええやん。役所も協力するから」
「あっちでこそ素朴な民芸人形劇が必要やったんや。こっちでは必要はないかもな」
 裕は大人しく、ビニールハウスで家業を手伝った。
 ある夜のことだ。町からの帰り、裕は明るく輝くものを見た。何だろうと思い、軽ワゴンを止めた。
 水田とビニールハウスがあるだけの農道だ。光を発するようなものはないはず。しかし、まばゆくそれは輝いている。
 裕はゆっくりと車を進めると、何もない田んぼの中にコンビニを見た。
 よくあるコンビニの建物で、光りの正体は店内の照明だった。
 この村にはコンビニはない。
「コンビニ?」
 父親は知らないと言う。
「コンビニなんか、いらんやろ。雑貨屋があるやんか」
「そうやなあ」
「やっぱり、町が恋しいか。ここ何もないからなあ」母親が言う。
 翌日、裕はその場所を見に行ったが、何もなかった。
 ビニールハウスの作業に慣れた頃、また、コンビニを見た。同じ場所だった。
 裕は何とも言えない気持ちで、夜道を通り抜けた。
「コンビニ?」
 裕は同級生の荘司に話してみた。
「あそこは無理やろ。コンビニが建つわけない」
「それは分かってる。何やろ、あれ」
「裕ちゃんは人形劇やるほどやから、想像力がたくましいから、そういうもん見えるのかもしれんで」
「そういうもんか……」
 裕は昼間に、コンビニがあった場所まで行った。
 畦道にコンビニのレジ袋が落ちていた。中を空っぽだった。
   
   了
 

 

 

          2006年05月7日
 

 

 

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