小説 川崎サイト

 

神と人

川崎ゆきお



「神が先にあるのか、人が先にあるのか、どちらだと思いますか」
 神主がお参りにきた青年に聞く。それは珍しいことだ。神主はまだ若い。
「神かな」
 青年は、そう答える。別に最初から決まっていた答えではない。質問者が神主なので、神と答えた方がいいと思ったからだ。
 神主と青年は顔見知りではない。その意味で、かなり話し好きな神主なのだろう。
「どうしてですか」
 神主はさらに問う。
「神様がいるから神社ができたのでしょ。祭るものがなければ、神社もないと思います」
「なるほど」
「神主さんは、どう思われます?」
 青年が逆に聞く。この青年も、こういう話が好きなのかもしれない。
「神より、人が先だと思うのですよ」
「ああ」
 青年の答えも、実はそうだった。
「うちの御神体は神様ではないのです。人です」
「はあ?」
「知らなかったのですか?」
「通りがかりに神社があったので、寄っただけなので、実は神社の名前も知らなかったのです」
「神話に出てくる神様がいますよね」
「はい」
「その系譜ではないのです。後に神になった人物ですよ。実在の人物です。この場合、人が神になったわけですが、それはなくなられた後、人が神として祭ったのです。だから、人が先なのです」
「神社にもいろいろあるんですね」
「でも、神は神でしょ」
「最初からいる神様もいるんじゃないですか」
「それを神にしたのは人でしょ」
「では、本物の神様はいないのですか」
「いるでしょ」
「ほう」
 青年は面白くなってきたようだ。神主も、話が回転するの愉快なようだ。
「神が人を造ったという説もあります。国産みで、地面も神が造ったと」
「創造主ですね」
「信じますか?」
「いや、宇宙の始まりに神がいたとは思えません」
「いたかもしれませんよね」
「じゃ、神主さんは、神が先だと」
「人間が考えている神とは、違うかもしれません」
「ああ、なるほど」
「面白いですか?」
「はあ?」
「こういう話」
「はい、面白いです」
「仏像をご存じですね?」
「はい」
「でも、あれって、ただの物体でしょ。仏様が中に入っておられるわけじゃない」
「まあ、そうですねえ」
「指し示しているのですよ」
「仏を指し示しているのですか」
「そうそう。だから、神社の御神体も同じです。その先にある何かを指し示しているのです」
「面白いですねえ」
「はい、ただ、それだけの話ですが」
 神主は境内の掃除を始めた。
 青年も会話が終了したと思い、立ち去った。

   了

 


2009年6月15日

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