小説 川崎サイト

 

提督の決断

川崎ゆきお



「暑い」
 大岩にあるのは、それだけだ。
 ただただ暑い。それが今のすべてだ。
 暑ければ、涼しいところへ行けばいい。答えは出ている。しかし大岩は炎天下の歩道を歩くのをやめない。
 日陰に入ればいいのだが、それでは方角が違う。
「方角?」
 大岩は特に行くべきところはない。歩道を歩いているが、目的地はない。
「日陰に入りたい」
 と、思うのだが、それでは方角が違ってしまう。
 大岩が目指す方角とは、この道をまっすぐ西へ行くことだ。日陰のある道に入ると、方角が違ってしまう。それが気に入らないのだ。
 では西になにがあるのか。
「特にない」
 しかし、西に進路を取る理由はある。
「この方角を歩きたい」
 東へ向かえば戻ってしまう。南へ進むと賑やかな場所に出る。北へ向かうと大きな団地に出る。
 西に向かうと郊外に出る。
 つまり、大岩は郊外へ向かいたいのだ。
「しかし、暑い」
 大岩は決断を迫られた連合艦隊提督のようになる。提督の決断だ。
 だが、どんな決断を行っても、大した違いはない。歩いている場所が違うだけで、なにもないのだ。
「だが、ある」と、大岩は考える。
 それは雰囲気が違い、体験が違う。
 これも、大した体験の違いはない。
「暑さに耐えればいいのだ」
 大岩は自分にそう言い聞かせ、進路を変えないで頑張る。
「この頑張りはなにに貢献するのだろう」
 と、自問する。
「自分の意志力に貢献する。やり遂げることで、満足が得られる」
 だが、この満足も、大したことはない。自分の中でのちょっとした気分の問題だ。
 汗がじんわり吹き出し、髪の毛が濡れる。
「補給鑑発見」
 大岩ははよたよたしながら自販機を目指す。
 そして、スポーツドリンクのボタンを押した。

   了

 


2009年6月18日

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