小説 川崎サイト

 

夜のもの

川崎ゆきお



 本村は夜中、急にカップラーメンが食べたくなり、コンビニへ向かった。
 腹が減っていたわけではない。急に思いついたのだ。
 それはテレビを何となく見ていて、梅干し産地のドキュメントを見ているときだ。それとカップラーメンは結びつかないが、梅干しのしょっぱさが口の中にきた。それとカップラーメンとは結びつかない。だが、そのしょっぱさを何とかしたい気持ちが、理由なくカップラーメンの登場となったのだ。こういう固有の事情には普遍性はない。だが、本村に起こったことは事実であり、これは否定できない。
 コンビニまでは徒歩五分ほどだ。見慣れた町内だが、夜は暗い。
 そこに一人の男が現れた。黒ずくめだ。帽子まで黒い。さすがにサングラスはかけていないが、無精ひげで顔の半分は真っ黒だ。
「夜のものだ」
 本村は言葉が聞き取れない。
「夜のものだ」
 二度目はやっと言葉がわかった。
「気をつけろ、この時間は夜のものが出る」
 本村はあっけにとられた。この黒い人は何が言いたいのかだ。
 気をつけないといけない夜のものとは何だろう。
 本村は無視し、男の横をかなり回り込みながら、歩道を進んだ。もうコンビニの明かりは見えている。
「夜のものが徘徊しておる。気をつけるんだな」
 本村は振り返らないで、そのまま急ぐ。
「夜になると現れる夜のものがいるのだ」
 声が近い。本村の後ろからついてくるようだ。
「夜の世界には夜のものがいる。闇の住人だ」
 本村は、さらに足を早め、コンビニに駆け込もうとした。
「気をつけるんだな」
 本村はコンビニのドアを開けた。
 さすがに黒い男は中まで入ってこなかった。
 本村は店内を見る。
 誰もいない。
 カップラーメンを二つつかみ、レジ台に乗せる。そのとき、コツンと、音を立てた。
 店員が気づくようにだ。カウンターの裏側に控え室のようなものがあるのを知っている。だから、すぐに気づくはずだ。
 しかし、店員は出てこない。
 反対側の奥にトイレがある。そちらにいるのかもしれない。
 しばらく待つが誰も出てこない。
 本村はドアを見る。
 さっきの黒い男が立っている。
「なーんだ、そうだったのか」と、早く今の状況が氷解することを、本村は期待する。
 だが、いつまでたっても、同じ状況が続いた。
 ドアが開き、サラリーマン風の客が入ってきた。そのときのチャイム音でレジ横から店員が出てきた。
 本村はレジ前に立っている。カップラーメンもそこにある。
 だが、店員はそれが見えないようだ。
 相変わらずドアの前に黒い男がいる。真っ黒な顔の下半分に白いものが見えた。歯だ。
 笑っている。

   了

 


2009年6月19日

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