小説 川崎サイト

 

ホームゴタツ

川崎ゆきお



 じんわり汗ばむ。吉田は夏が来ているのを忘れているのだろうか。
 ホームゴタツに入り、テレビを見ながらインターネットを見ている。さすがに電気はつけていないが、ホームゴタツの布団は抜いていない。
 テレビで天気予報をやっている。夏になったことを示している。各地の温度が示されているのだから、夏が来ていることを知らないわけではない。
「面倒だなあ」と、吉田は呟く。すぐに秋が来て冬になる。だから、またホームゴタツが必要になる。
 だが、ホームゴタツの布団を抜くのは大変な作業になる。上にパソコンやモニターや、外付けのハードディスクなどが乗っているのだ。無理をすれば、抜けないわけではない。うまく引っ張れば、意外と抜けるのだ。
 天板ごと持ち上げることは無理だ。もう一人いれば、天板の一方を浮かすことができる。
 吉田は同じアパートの池内を電話で呼んだ。
「呼んだか」
 ぎくしゃくとドアを開けて池内が入ってきた。二人とも無精ひげの延ばし合いでもしているのだろうか。山小屋の住人のようだ。
「上がるか」
「もう、上がってるよ」
「いや、この天板」
「任せとけ」
「片方、浮かすだけでいい」
「わかった」
 せーの、で二人のタイミングが合い、掛け布団が半分抜けた。
「もう一度、せーの」
 吉田は素早く引っ張り、見事抜ききった。
「ところで……」
 池内がいつもの用件を切り出した。
「ああ」
 吉田は財布から、千円札を出した。
「万札」
「これしかないよ」
「ああ、それでいい。助かる」
「バイト、まだ始めないの」
「当然社会人としての行為はする」
「バイトなんだから、学生でもやるよ」
「立派な社会人的行動をする」
 池内は千円札を握り、そのままドアも閉めないで、出ていった。
「立派な社会人か……」吉田にもその資格はない。
 足元が涼しくなったので、暑さは半減した。
 抜いた掛け布団はかなり汚れている。
 カバーの換えは買っていない。正方形のため、ふつうの掛け布団とサイズが違うためだ。
「この季節、売ってないだろうなあ」
 去年は抜かないで夏を過ごした。
 今年も抜かないまま過ごした方がよかったのではないかと、少しだけ後悔した。

   了

 
 


2009年6月22日

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