小説 川崎サイト

ドーナツの夜

川崎ゆきお

 僕は夜中にドーナツ屋へ行く癖がある。
 そういうパターンができてしまっているのだ。夜中にドーナツ屋へ行かなければならない事情は何一つないが。
 その夜も、仕事場で借りているアパートの一室を抜け出し、自転車でドーナツ屋へ向かった。
 僕は寝る前にドーナツを食べる癖があるのではない。夜中に仕事をしているので、普通の人が午後のひとときをすごすのと同じおやつタイムなのだ。
 十一時を回ると、遅くまで営業している店も閉まる時間帯で、普通の喫茶店は開いていない。
 僕の住むE市は都心部に近い関係で、年々人口が増えている。僕はこの町に産まれ、この町で育った。町の移り変わりをつぶさに見てきているのだが、十年前はどんな風景だったのかが、なかなか思い出せない。
 E市は私鉄のE線の終着駅である。E線は支線で、T駅で都心へ向かう本線と合流する。
 最終電車が到着するまでの間、駅前はタクシーの行列が続いている。
 僕は毎晩その横を通り過ぎる。バスは十時で終わってしまうので、タクシー乗り場が賑わう。都心部で遅くまで遊んだり、残業で帰るのが遅れたのだろう。
 いつもこの時間帯にE駅に降りる人なら自転車を利用しているはずだ。その意味で、タクシー客の常連はいないのかもしれない。そのため並んでいるメンバーが毎晩違うはずで、それぞれ何らかの事情で遅くなっているのだ。ちょっとしたハプニングが生じた夜なのかもしれない。
 その前を自転車で通り過ぎる僕は、毎晩定期的にドーナツ屋へ通う日常行為者だ。乗り場の人よりも、僕の方が安定した時間の流れに乗っているわけだ。
   *
 ドーナツ屋には駐車場はないが、自転車を止める余地はある。しかしドーナツ屋の敷地ではない。歩道だ。
 このあたりはE市の条令で自転車放置禁止地区になっている。でも歩道には自転車やバイクが停まっている。停めていると、強制撤去されるが、二三日なら持っていかれることはない。そのあたりの状況はこの近所に住んでいると見えてくる。条令が執行されてからのほうが放置自転車の数は増えている。
 僕は毎晩条令違反を犯しながらドーナツ屋前の歩道に自転車を停める。多数の人が停めているので罪悪感はない。
 自転車の鍵をかけているとき、ドーナツ屋の店員は僕のアイスコーヒーを作り始める。僕はアイスコーヒーしか注文しないからで、そして毎晩この時刻にやってくることを店員は知っているからだ。
 閉店間際は客が少ない。だからそんな芸当をやってくれるのだ。この芸当はドーナツ屋のマニュアルには一行も書かれていないはずだ。
「いらっしゃいませ。こちらでお召し上がりでしょうか?」
 顎の張った店員が聞いてくる。僕は顔で「そうだ」と意志表示する。店員は僕の顔など見てはいない。
 トレイに乗ったアイスコーヒーと、灰皿が既に後ろの調理台に置いてある。
 顎の張った店員は、チーフかもしれない。僕から見ると全員アルバイトの学生のようにしか見えない。彼は小麦色の顔をしている。サーファーだろうか。もうすぐ冬になるというのに、この顔色は妙である。なんとなくアダルトビデオの男優のような雰囲気がする。
 男優が差し出したトレイを受け取り、いつものテーブルにつく。
 この店には二階がある。友達ときたとき以外、二階には上がらない。せいぜい数十分しか席を暖めないためだ。
 ひと組の中年のカップルがいるだけで、一階フロアーはガランとしている。中年のカップルは夫婦だろう。アベックだとすればどんな事情か。
 僕は毎晩同じテーブルについているわけではない。以前はそうだったが、そのパターンが何となく馬鹿らしく思えるようになった。
 アベック客と距離を置くため、その夜は比較的奥のテーブルを占領した。奥へ行けば行くほど表通りのガラス窓に近づく。ガラス一枚隔てて歩道があり、その先は夜の闇の中へとつながっている。
 トレイをテーブルの上に乗せ、シロップとフレッシュの入った小さなカップの蓋を開け、アイスコーヒーに流し込む。シロップのカップを開けるとき、いつも粘っこい飛沫がどこかに付着する。そのため非常に丁寧に開けるのだが、それでもシロップが跳ねてしまう。
 このドーナツ屋のフレッシュは薄くて量が少ない。シロップと比較してサラリとしすぎ、ただの牛乳ではないかと思ってしまう。標準的なフレッシュの場合、コーヒーに流し込むとき、スロンと音がするものだ。
 またこのドーナツ屋のアイスコーヒーのガラスコップ……もしかするとアクリルガラスかもしれない……は口径の小さな細長いタイプで、底が深い。そして氷が多い。氷が多いことはフレッシュの溶け具合で分かる。コーヒーの色が黒いままで、フレッシュの白さが広がらない。
 ズボンのポケットからタバコと百円ライターを取り出し、トレイの上に置く。トレイには紙ナプキンが敷いてある。デザインは周期的に代わっているが、一ヶ月単位なのか三ヶ月単位なのか、そこまで意識して見ていない。
 タバコに火をつける前に、鞄から本を取り出す。二人掛けのテーブルの場合、向こう側の椅子に鞄を置くことになる。これは座ったままでは置けない。それで後ろの椅子の上に置くことになる。
 鞄から取り出した本はパソコンのソフトのマニュアルだ。アプリケーションソフトの分厚いマニュアルである。マニュアルは三冊組で、その中の一番分厚いマニュアルを鞄の中に入れて持ち歩いている。
 マニュアル本を開け、タバコを吸う。タバコに火をつける行為が本を読み始める合図になる。いつからこんな癖がついてしまったのかは分からない。あまり意識的にならない行為は秩序だったパターンが自然に出来上がってしまうようだ。
 タバコに火をつけてから本を開けても、本を開けてからタバコに火をつけても、それほど重要な違いは見出せないはずだ。どちらでもいい。その順番の選択がどこで決まったのかと考えると、非常に意識的になる。
 タバコに火をつけたあと、本に視線を移す前に、向い側にいるアベックに目がいった。女の方が動いたからだ。女はドーナツを注文している。最初このカップルを見たとき、若いカップルではないと思っていたが、案の定女は三十を越えている。だが僕よりも若い。
 この風景を一度どこかで見た覚えがある。デジャビュと言うやつだろうか。以前にもタバコに火をつけ、本に視線を移そうとしたとき、確かに今と同じ様な現象が起こり「あっ、またデジャビュが起こった」というところまで含めたデジャブを経験している。そしてこのデジャビュのラストは「またデジャビュに遭遇した」と意識したところで終わる。
 そのあと、この既視感のサイクルから出てしまう。結構長い既視体験をするときもあるが、年に一度起こるか起こらないかだ。
 デジャビュは今、目の前の映像が瞬時に古い記憶に飛び込んでしまい、あたかも昔経験したことのように思ってしまうのではないだろうか。つまり、同じ情報が頭の中で二つに分かれて入ったような感じだ。コンピューターのバグのようなもので、同じ文字がダブって表示されたりするのと似ている。
 コンピューターはソフトとハードで動くのだが、その間で結構訳の分からない化け方をする。論理的には間違ったアルゴリズムではないのだが、バグを出して暴走したり、ハングアップしたりする。
 デジャビュ程度のことなら、単なる文字化け程度の軽いバグのランクだ。考えてみると、僕の日常はデジャビュそのものかもしれない。同じ時間に同じ店に入り、同じ飲物を飲んでいる。店の人にすれば、昨日と同じ映像を見ているようなものなのだ。
   *
 十二時五分前になったので、タバコをもみ消し、マニュアルを鞄の中に入れた。いつもタバコを二本吸うのだが、今夜は二本目のタバコに火をつけるタイミングが遅れたため、半分吸っただけで、もみ消した。毎日同じパターンを繰り返しているようでも、結構ズレがあるのだ。
 ドーナツ屋を出た僕は、その並びにあるビデオ屋へ向かった。
 歩道を自転車で走っていると警官に止められた。無灯火ではないし、走ってはいけない歩道ではない。
「失礼します。この時間、どこへ?」
 確かに夜中だが、ドーナツ屋は十二時まで開いているし、ビデオ屋は一時まで開いている。僕は寝静まった街を彷徨しているわけではない。街自体がこの時間帯でも動けるお膳立てをしているのだ。
「急いでますから、あとにしてもらえますか。ビデオを返さないといないのです。既に一日遅れています。あと四分で二日遅れになります。先にビデオ屋へ行きます」
 若い警官は、パトカーの中にいる年輩の警官と相談していた。
 僕は鞄からビデオを取りだそうとした。だが、ビデオが出てこない。仕事場に置き忘れたのだ。確かにデッキからビデオを抜き、ケースに入れたところまでは覚えている。だが、鞄に入れるところまでは覚えていない。
「いいですよ。先にどうぞ」年輩の警官がパトカーの窓から声をかける。
「いや、その……。忘れたみたいです。もういいです」
 ビデオ屋へ行くという言葉が嘘になってしまう。証拠はなくなってしまう。ただの不審な男が自転車で夜中走っている状態になってしまう。
 不審尋問に引っかかるのはそれほど珍しいことではない。同じ日に同じパトカーに止められたこともある。パトロールコースと僕の散歩コースが重なっていたのだ。
 僕は運転免許証を財布のカード入れから取り出し、若い警官に手渡した。
 こういった不審尋問で指名手配中の大物が引っかかる場合もあるのだろう。
 そして引っかからなかったのか、免許証をすぐに返してくれた。もう僕に対する興味を失ったようだ。
   *
 ビデオを忘れて来たのはちょっとした変化だ。ビデオを忘れたことは一度もなかった。まるでビデオを忘れたことが、不審尋問にあう伏線のように思えた。
 いつもならここでレンタルビデオ屋経由でコンビニへ向かうのだが、今夜はドーナツ屋とビデオ屋の中間で立ち止まってしまった。
 レンタルビデオ屋からコンビニへ向かうときの道筋がある。
 スナック街の続く路地を抜け、コンビニへ至るルートに乗る。
 駅前に出ると、まだタクシーを待っている人の列がある。ドーナツ屋へ来るときはタクシーが並んでいたのだが、小一時間ほどで逆転し、タクシーは出払っている。
 駅前と商店街をつなぐ横断歩道前に中華そば屋の屋台が出ている。屋台を引っ張っているのは中年の小男で、僕が昼間の時間帯に行っている喫茶店でたまに見かける。小男の割には声が野太い。喫茶店のマスターとの会話を小耳にはさんでいるので、結構僕はこの小男の事情を知っている。例えば今まで屋台で流していたが、最近は駅前で営業できるようになったとか、正月は五日ほど休んで温泉に行くとか、お客さんに教えてもらった手芸屋さんの紹介で五万円の手編みのセーターを作ってもらっているところだとか……等々である。
 その中華そば屋の屋台前を自転車で通過する。ここに屋台が出るのはわずかな時間帯で、今が稼ぎ時なのだ。
 中華そば屋の屋台の向こう側に、深夜も営業しているコンビニがある。その前で自転車を止める。歩道脇に消火栓があり、その横は一応避けている。
 自動ドアを通過し、弁当コーナーへ向かう。ここで生の調理うどんを買う。生のうどんと、濃縮していないスープが入っている。この時間に来ると、必ず一つだけ残っている。いつも僕の分として残して置いてくれているかのようだ。もし僕が買わなければ、翌日まで売れないか、期限切れになってしまうはずだ。
 別に調理うどんが好きで買うわけではない。弁当を食べるほどには腹は空いていないし、パンでは味気ない。程良いものを程良く食べるだけの話で、食べる楽しさで買うわけではない。調理うどんは僕にとっては日常的な食べ物で、日常的な買い物なのだ。
 空腹感のある夜はポテトチップスも同時に買う。その夜はそれに該当していたので、うす塩味のポテトチップスを掴む。
 レジの人間は三人いる。店長は天然パーマで丸顔で、眼鏡をかけている。あとの二人は学生のようだ。バイトは店に対してのアイデンティティがない。それだけに「ありがとうございました」と言われても、有難さが伝わってこない。客が減っても店が潰れても、バイトは関わりがない。
 それに比べると、表の中華そば屋は何杯出たかによって、収入が確実に変わる。それだけに有り難く思ってくれるだろう。額面どおりの「ありがとうございました」なのだ。
 しかし、屋台の小男を見ながら中華そばを食べる行為は気が重い。この小男は評価的な視線で客を見ている。その種の話を喫茶店で小耳に挟んでしまうと、「いいお客さん」の振りをしないといけないように感じてしまうのだ。たかが夜食を食べるだけで、そんな気配りはしたくない。
 コンビニの店長はツリ銭の計算が苦手らしく、レジはバイトに任せている。バーコードが嫌いなのかもしれない。ビニール袋に商品を入れる係りに徹している。三円とか四円とかの端数があるとき、客もそれなりに協力して小銭を出す。小銭の扱いが楽になるが、慣れていないと計算が面倒になる。ここの店長はそんなことで悩みたくないのだろう。
   *
コンビニを出て、自転車に乗る。信号を一つ渡る。前方は一方通行で進入禁止なので、横断歩道の信号を渡ることになる。
 この歩道と中華そばの屋台が出ている駅前の歩道がE市で最も通行量が多い。が、しかし、この時間になると嘘のように静かで、車も通っていない。同じ道が時間帯によってこれほど変わるものかと感心する。
 その横断歩道前に焼き芋屋の軽自動車が止まっている。ちなみにコンビニ前にはタコ焼き屋のワゴン車も出ていて、E市の夜の世界を作っている。
 焼き芋屋は若いアベックがやっており、女の子は毎晩超ミニスカートで登場する。焼き芋屋と超ミニスカートは結びつきにくい。コンビニ前に蛾のように深夜に集まってくる若者達と同じスタイルである。彼女の太股を見るのも僕の日課になっている。
 この時間帯は横断歩道の信号を無視して渡る。
   *
 住宅街を自転車で軽快に走り抜ける。開いている店はない。あとは自動販売機でタバコと缶コーヒーを買うだけだ。
 自販機の前は結構明るい。街が明るいのは自販機が増えたからか。自販機の照明が暗いと小銭を確認できないので、そこそこの明るさが必要だが、それにしても明るすぎる。まぶしいほどだ。タバコやコーヒーを販売しているため(営業中)なのだが、売り主がいないのに照明ばかりが明るいので、異様な感じになる。
 ここのタバコの自販機はパン屋のおばさんが昨年設置したものだ。僕がチェリーを吸うので、おばさんはチェリーを入れてくれた。それほど出ているタバコではない。
 自販機の前に自転車を止め、五百円玉を入れた。ツリ銭は二百八十円である。ツリ銭を背を屈めて取り出す格好は結構みっともない。
 その横の清涼飲料水の自販機で、いつものようにレモンティーを買う。
 今から仕事をしないといけない。深夜放送のラジオが始まっている時間だ。それを聞きながらプログラムを書く。あと少しなので、朝までには仕上がるだろう。
   *
 階段を上がり、部屋のドアを開ける。電気はつけたままなので明るい。
 僕はすぐにドアを閉めた。
 誰かいる。鍵はかけていなかった。
 今までこんなことはなかった。
 誰だろう。
 断りなく僕の部屋へ入れる人間は、母ぐらいだ。母が来ているのだろうか? だがこんな深夜、母が来るわけがない。
 僕はもう一度ドアを開けた。いつも僕が座っているパソコンの前に人がいる。足元だけがドアから見える。母ではない。男だ。
 僕はアパートの階段を夢中で降りた。どうしていいのか分からない。
 気がつけば自転車に乗っていた。
 パソコンの前に座っていた男は僕だった。僕が座っていた。
 これは日常の中でのちょっとした変化ではない。その次元ではない。普通の変化ではない。
 僕は夢中で自転車をこいでいた。
 もし部屋の中にいるのが僕だとすると、今自転車で走っている僕はいったい誰なのだ? 僕は連続した意志を持っている。部屋を出るときには、もう一人の僕はいなかった。部屋を出た僕は、部屋を出る前の意志を持ったままドーナツ屋へ行ったのだ。その意志は今も継続している。
 僕は幻想を見ているのだろうか。今、ここにいる僕は魂だけで、本体は部屋の中でパソコンを触っているのだろうか? ……いや違う。僕は確実に肉体を持っている。魂だけの幽体が自販機でタバコを買えるだろうか。ドーナツ屋でアイスコーヒーを飲めるだろうか。警官に不審尋問されたとき運転免許証を取り出せるだろうか。今の僕が僕の本体であるのは確かだ。では奴は誰なのだ。
 部屋に引き返せば、もう一人の僕と対面することになる。もう一人の僕にも意志があるのだろうか? 同じ空間と時間の中で二つの意志を持つことなどできない。交互は可能かもしれないが……。考えただけでも気持ちが悪い。
 確かに僕自身の中のもう一人の僕と会話をするときがある。その次元なら誰でもあるだろう。
   *
 気がつくと、E市の繁華街へ向かっていた。
 僕は自分の居場所を喪失したのである。
 実家へ寄ってもいいのだが、帰る時間が遅すぎる。
 ここ数年仕事場で寝起きしているので、仕事場が日常の場になっている。その日常の場を喪失したのだ。
 僕が見たもう一人の僕は、僕の幻覚かもしれない。もう一人の僕が僕の机の前に座っている光景は以前から何度も想像している。勿論体験したわけではないが、もしそうなら怖いだろうな……と思っていた。
 そして、もしもう一人の僕が、僕に代わって、僕の場を占領してしまったなら、僕は居場所を失うだろうとも想像していた。
 その先のことまでは想像していない。想像はそこで終わっていた。
 いつのまにかE市の繁華街に来ていた。横断歩道の信号前の焼き芋屋は既に消えていた。その先のコンビニはまだ開いている。タクシー乗り場の行列は消えている。
 中華そば屋の屋台もタコ焼き屋のワゴン車も片付け始めていた。
 そして、ドーナツ屋まで来てみたが、店内は明るいが、客はいない。既に一時前で、閉店後一時間経過しているのだから、開いているわけがない。
 どこか静かな場所で、ことの次第を検討してみたかった。それで開いている店を考えた。E市の中心部で開いている店といえば、後はスナックである。僕は一人でスナックに入ったことがない。
 ちょっと遠くなるが、国道沿線にファミリーレストランがある。そこなら二時まで営業している。雰囲気も明るい。
 ファミリーレストランに向かって自転車を走らせた。レンタルビデオ屋の前を駆け抜けた。パトロール中の警官に止められると、妙な答え方をしないといけない。
「もう一人の自分が部屋にいる。それについて少し考えたいのでファミリーレストランへ今向かっているところです」
 そんな答え方をすれば、警官はどう対応するだろう。警官はからかわれていると思うだろう。僕の精神状態を疑うだろう。しかもその警官は、前と同じ警官だった場合、事態は最悪になる。僕は今、大変怪しい状態なのだ。
 国道はE市の北部を走っている。E市の繁華街とは違った世界がそこにある。E市の住人よりも、E市を通過中の人が利用している通りなのだ。
 国道に出るまでに、焼鳥屋がまだ開いていた。その先の札幌ラーメンのチェーン店も開いている。
 今、僕が見ている風景は、普段なら何でもない日常風景だ。車のヘッドライトと水銀灯に照らされた街路樹。広告塔のネオン。
 まてよ……。これは本当の現実だろうか? ……。僕は何処か違う世界へ入り込んでいるのではないのか。部屋の中にいるのは現実の僕で、今自転車でファミリーレストランへ向かっている僕のほうこそ実体のない存在なのではないのか。そして、この眼前の風景も現実の世界に属していないのではないか。
 つまり、僕は現実から踏み外し、別の次元に入り込んでいるのではないのか。
 ではいったい何処から非現実の世界へ入り込んだのだ。ドーナツ屋でアイスコーヒーを飲み、そしてコンビニで調理うどんとポテトチップスを買った。
 僕は自転車のフロントバスケットをに目をやる。鞄とビニール袋がある。アパートの自転車置き場で自転車を止め、鞄を肩に掛け、ビニール袋を左手でぶら下げながら階段を上った。そして、ドアを開け、例のものを目撃し、慌てて階段をかけ降りた。そして夢中で自転車に乗っていたわけだ。そのとき無意識のうちにビニール袋と鞄をフロントバスケットに投げ込んだのだ。
 僕はそっとビニール袋の中に手を入れた。調理うどんのアルミ容器の感触が指に伝わった。
 連続している……。別に僕は妙な世界に入り込んではいない。
 前方に人影が現れた。
 酔っぱらいだった。こちらにやって来る。歩道は狭い。どちらかが避けないとぶつかる。
 僕はゆっくりとブレーキレバーを引いた。急に引くとキキーと耳障りな音がするからだ。この音は警笛と同じような印象を与えるので、不快な印象を与える。酔っぱらいに絡まれたくない。
 歩道脇で待機していると、酔っぱらいは僕のことなどまったく意に解しないかのように通り過ぎた。見ればまだ若い。二十代前半だ。何処へ帰るのだろう。この若い酔っぱらいにも、それなりの事情があるのか。僕から見ればただの酔っぱらいだが。
 国道に出た。大型電気店のネオンサインが大きく輝いている。書店がまだ開いているのは感動的だ。ドライバー相手の本屋だ。その横に小さなハンバーガー屋がある。この店も遅くまでやっている。既に一時を過ぎている。そしてその奥にファミリーレストランが天守閣のようにそびえている。E市のメイン通りよりも、深夜は国道沿が賑わっている。電車は十二時半に終わるが、自動車は深夜でも走れるからだ。
 ファミリーレストランは明るい。この種の店は客も店員も演技をしているように思えてならない。
 僕は今、どんな役を演じればいいのだ。深夜一人でコーヒーを飲みに来る人間にふさわしい事情があるだろうか? しかも自転車で来ている。ドライブ中の休憩ではない。近所の住人なのだ。
 この店にこの時間帯に来たことは幾度もある。パソコンの前にずっと座っていると、気分を変えたくなる。受験生と似たような環境なのだ。
 いつもなら、そういった事情が内面にある。だからそのままの押し出しで、カウンターに座れる。周囲から妙な目で見られても、聞かれて答えられるだけの事情がある。だが、今夜は別だ。今夜の僕は人に話せない事情を背負っている。何かに化けなければいけない。別に店の人や隣の客が僕の事情を聞きに来たりはしない。また説明する必要もない。だが、それでは不安なのだ。
 この不安感は、不自然に見られることで(不審)という電波が飛んで来るのだ。その電波が当たると痛いのだ。それを避けるために、周囲が納得できるような顔を作っておきたい。
 しかし今夜はそんな精神的なことでは済まない事情を背負っている。もう一人の僕が僕の部屋にいるのだ。世間からみれば、考えられないような事情を背負っているのだ。
 鞄からノートを取り出した。虚空を見つめながら考え事をしていると、悩んでいる人のように思われる。確かに僕は悩んでいる人だが、人に語れるような悩みではない。
 ノートを開ける。文字が見える。(明日までに論理エラーを修正すること)思わず読んでしまった。そんな余裕などない。余裕はないのだが、読んでしまえる。こんな日常的なメモなど、まったく意味をなさない世界に来てしまっているというのに……。
 周囲を見渡す。若いカップルが見つめ合っている。カウンターの奥で店員が伝票をチェックしている。ガラス窓の向こうは車のヘッドライトが流れている。……確かにここは現実の世界で、異次元の世界ではない。もう一人の僕がいること以外、普段と変わらない風景が展開されている。
 十一時半にドーナツ屋へ入った。あのドーナツ屋が異次元とつながっているとは思えない。多少変化があったとすれば、デジャビュに遭遇したことぐらいだ。デジャビュそのものは珍しいものではない。日常の中でたまに起こることだ。しかし、あのときのデジャビュはちょっと変わっていた。デジャビュに遭遇したな……ということを含めたデジャビュだった。二重構造のデジャビュだった。こんなデジャビュを一度経験したな……というデジャビュなのだ。デジャビュはそこで終っていて、別の世界に入って行ったわけではない。いつもの道を辿りながら仕事場に戻ったのだ。
 僕が今いる世界は、連続性のある現実世界だ。何処かで別のレールに乗ったわけではない。
 そう考えると仕事場にいたもう一人の僕こそ現実に迷い込んで来ているのだ。あの僕は幽霊ではないが、幽霊のようなものかも知れない。この現実の世界には僕がいる。僕は一人で十分なのだ。
 しかしいつままでもここにいるわけにはいかない。プログラムの仕事も片付けないといけないし、朝方には眠らないといけない。つまり部屋に戻らなければいけない。それなのに帰ると幽霊と顔を合わすことになる。そして、そこで何か恐ろしい秘密を知ってしまうかもしれない。
 僕は心の準備ができていない。もう一人の僕と対峙する勇気はない。僕は人生観を変えたくはないし、病院へも行きたくはない。
 仕事場を放棄しようか……。これが一番楽な方法だ。幸い実家は近い。最近帰っていないが、母と兄夫婦がいる。僕の部屋はそのまま残っている。布団もある。僕の茶碗もそのまま残っている。それは当然の話で、僕の住所は実家になっているし、実家で住んでいることになっている。仕事がら徹夜が多いし、昼夜逆転の生活になるので、仕事場で寝泊まりをしているだけだ。しばらく仕事場に寄り付かないようにすればいい。しかしそんなことをすると、仕事ができない。困った話だ。
 音楽が流れた。
 閉店時間だ。二時前ということになる。このまま座っているわけにはいかない。出なくてはいけない。出て何処へ行くかだ。部屋に戻るしかない。この時間に実家には帰れない。母も兄夫婦も寝ているだろう。
   *
 仕事場への道を自転車で走る。車は減っている。
 十字路に出た。そこを左折すると、レンタルビデオ屋がある。既に店内の照明は消えていた。
 不審尋問で止められた歩道に差し掛かった。誰も歩いていない。パトカーもいない。
 ドーナツ屋の前に来た。本当にここがドーナツ屋かと思うほど目立たない存在になっている。廃屋のような印象だ。
 ドーナツ屋の角を右折し、E駅前に出た。タクシーは止まっていないし、人も並んでいない。
 たこ焼き屋も中華そば屋もいない。だが、コンビニだけは元気に起きている。ほっとさせるものがある。君だけがまともに生きているのだ……と、声をかけたいほどだ。
 横断歩道を渡る。ミニスカートの焼芋屋はいない。
 僕が毎晩のように、この道を自転車で通過していたのは十二時すぎだった。街が終わりがけの時間帯だった。そして今は完全に街は死に絶えている。コンビニと自動販売機を除いて……。
 そして僕はこれから、もう一人の僕と対決しないといけない。僕の精神的な何かが妙な幻覚を生んだのだろうか。
 アパートが見えてきた。二階の僕の部屋から明りが漏れている。ドーナツ屋へ行く時消していなかった。ちょっとした散歩だったのだ。
 アパートの階段を上る。一段一段を重い足取りで上る。
 僕は妙なことを考えた。ドアの前でもう一人の僕が立っていて、部屋の中を見ているのだ。もう一人の僕を見ているのだ。そして、驚いている僕をさらにその後ろから僕が見ているのだ。
 階段を上りきり、角を曲がった。
 ドアの前には誰もいなかった。
 ドアは閉まっていなかった。三センチほど隙間が開いていた。そこから光が漏れていた。閉めるのも忘れて飛び出したからだ。
 僕は、そっとその隙間から中を覗いた。中の気配を感じ取ろうとした。もう一人の僕がいるのなら、キーボードでも叩いているはずだ。トイレにも行くだろう。
 しばらく様子を伺ったが、物音一つしない。部屋の中にいるのが僕なら、この時間にはまだベッドへ入らない。朝方までパソコンの前で過ごしているはずだ。
 では、彼は何をしているのだろうか?
 僕はドアの隙間を拡大し、中に入った。
 パソコンのディスプレイの側面が見える。さらにのぞき込むとキーボードが見えた。だが指は乗っていなかった。
 僕は決断して、部屋に飛び込んだ。
 誰もいなかった。奥の寝室を覗いたが、誰も寝ていなかった。トイレも開けた。押入やキッチンも調べた。だが、誰もいない。
 誰もいない。
 僕はパソコンの前に座った。そのとき尻にいつもと違う感触を感じた。椅子がおかしいのだ。
 僕は椅子を見た。椅子の上にズボンが乗っていた。僕は苦笑した。だがそれは決して苦い笑いではなかった。幸せな笑いだった。
 僕は椅子から立ち上がり、ドアの前に立った。そしてそこから椅子を見た。ズボンは椅子の下まで垂れていた。まるで人間の脚のように……。

   了

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