深夜ファミレス
川崎ゆきお
ケータイメールでしか知らない。
今夜会うことになっているが、顔も本名も知らない。
人と人は簡単には出会えない。
それは相手がいるからだ。それが分かってしまうと会う気にはなれないかもしれない。
なぜなら、現実はあまりにも生々しいからだ。トシはアイと会うため深夜のファミレスへ向かった。
場所はアイが指定した。
トシの住む町の端にあるファミレスだ。アイは隣町に住んでいるのかもしれない…とトシは思った。
自転車でトシは向かった。あまり来たことのない場所で、その道路も走ったことはなかった。
町の端に出た。その先は隣町で新興住宅地として開けている。ファミレスはその道路沿いにあった。ドアを開けると、係員が人数を聞いてきた。
「待ち合わせです」
トシはそう答えながら、店内を見渡した。
深夜なのに客は多く、ほぼ満席だ。
一人客の女を捜した。
だが、一人でテーブルを占領している女はいない。
隅っこに小さなテーブルが空いていた。トシはその席に着いた。
待ち合わせ時間より早かったのかもしれない。アイはまだ来ていないようだ。
トシはドリンクバーを注文し、バーで氷をグラスに入れ、コーヒーを注ぎ入れた。十分が経過した。
アイの姿はない。
トシはケータイを見た。約束の時間からまだ五分しか経っていない。
まだ、来る可能性の方が高い。トシはメールを出した。
数分待ったが返事は届かない。
トシは、打率を考えた。
半々だった。来なくても不思議ではないと思っている。むしろ、ノコノコ出て来る方がおかしいとも…。約束の時間から三十分経過した。もはや決定的で、来ないとトシは思った。
その時、入り口から歩いて来る女の子がいた。
カジュアルな服装で、雰囲気的には普通の女の子だった。
女の子は係員に何かを告げ、トシの方へ近づいて来た。
「トシ?」
「アイ?」
女の子は頷きながら口元をほころばせたが、唇は歪んでいた。
「すぐに分かった?」
「うん」
「どう?」
「何が?」
「印象」
「さあ…」
「トシは?」
「えっ?」
「印象」
「うん」
お互いに答えにくいようだ。アイはピザを注文した。
「バイトが遅くなって…引き継ぎ、手間取って、遅れた」
「そう」
「ドタキャンだと思った?」
「そうかも…と、ちょっと」
「だって、メールで会うと言ったでしょ」
「まあ」
「信じてなかった?」
「信じてるから来た」
「うん。私も」ピザが来た。
アイはドリンクバーへ向かった。
その後ろ姿をトシは見ている。
アイはそれを見られていることを感じているようだ。ピザが来た。
「少しどう?」
「ああ」
「食べると落ち着くかも…」
「そうだね」
二人はピザをつまんで食べた。
「アイは何歳?」
「何歳に見える?」
「僕は何歳に見える」
「私より年上かも」
「そうかも」
「うん」
「メール読んでくれてる?」
「だから、今夜来たんじゃない」
「そうだね」
「車?」
「原チャリ」
「僕は原なしの、チャリ」
「そう…、遠かった?」
「市内だから、それほど」
「…だよね」
「どうして、このファミレス?」
「バイト先から近いから。帰りに寄れるからよ」
「バイトって何だった?」
「コンビニ」
「何も知らないね、君のこと」
「聞かないからよ」
「尋ねられてやっと答える?」
「楽しいことじゃないし」
「コンビニが?」
「バイトだから」
「仕方なしに働いてる?」
「うん、好きで来てるバイト、いないみたい」
「話題、変える?」
「うん」
「で、どう?」
「うん…」
「大丈夫そう?」
「トシはどう?」
「僕はOK」
「私も」
「メールとそんなに変わらないし」
「実際とはかなり違うと思うけど」
「普通かも」
「そう」
「ミスマッチじゃなかった?」
「うん」
「明日も会ってくれる」
「車で来る」
「うん」
「時間は?」
「今夜と同じぐらい」
「チャリは?」
「ここに停めておく」
「そうだね」
「じゃ、今夜は帰るわ」
「顔見るだけだったからね」
「うん」次の夜、トシは車でファミレスへ向かった。出掛ける前、入念に車内を掃除した。
自転車と車とではスピードが違うため、距離感がおかしくなる。
と、トシは思った。
行き過ぎたのかもしれない。既に隣町の中程まで踏み込んでいる。
トシは次の角で左折し、最初の交差点で、もう一度左折した。Uターンしたことになる。
碁盤の目のように規則正しく道路が走っていた。よくある新興住宅地の景観で、似たような坪数の家がチマチマと並んでいた。
アイもこの辺りに住んでいるのだろうか…と、トシは勝手な想像をした。トシは隣町との境目の道路に出た。その道は昔からあるらしい。道沿いの建物が古いためだ。
幹線道路らしく、交通量もそこそこある。コンビニの前を通過した。
アイのバイト先かもしれないが、コンビニは無数にあるため特定出来ない。交差点に差しかかった。
トシの町へ向かう道と交差している。右折すれば戻ってしまう。
トシは忘れ物をした小学生のような気持ちになった。
その幹線道路沿いにファミレスがあったはずなのだ。それが見当たらない。
煌々と輝くネオン看板と、大きなガラス窓から漏れる明かりで、簡単に分かるはずなのだ。それが見えない。トシは右折した。いったん戻ることで、場所を確認するためだ。
トシの町から見ても、隣町から見ても、その幹線道路は町の外れにある。癖地だとも言える。
何かが果てる場所は、独自の雰囲気がある。
しかし、その町境の幹線道路は、抜け道になっているらしく、交通量が多い。ファミレスやコンビニが出来てもおかしくはない。トシは自転車で来たときのように、もう一度幹線道路にぶつかり、左折した。
そこから自転車で、ほんの少し走った所にファミレスがあった。
トシは後続車を気にしながら、出来るだけゆっくりと走った。
しかし、ファミレスの明かりは見えて来ない。
車のデジタル時計が約束の五分前を書き出していた。トシは次の角で左折し、車を止めた。
アイにメールを送った。
少し遅れるかもしれないと。返事はすぐに来た
OKとなっていた。トシは再び、幹線道路に戻り、車を走らせた。
定休日なのかもしれない。明かりを消しているので、見つけられないのかもしれない。
トシは、そう思い、今度は目をこらしながらファミレスを探した。しかし、そのファミレスは姿を現さなかった。
トシは何往復かした。それでも駄目だった。幹線道路ではUターンが出来ないので、何度も住宅地の中を曲がり込んだ。
既に約束の期間は過ぎていた。
トシはメールを打とうとボタンを押している時、女が歩いて来る姿を見た。
トシは、その偶然を喜んだ。
トシはルームランプをつけた。
歩いて来たのはアイだった。
トシは軽く手を振った。
アイもすぐに気づいたようで、急ぎ足で近づいて来た。トシはアイを助手席に乗せた。
短いスカートが余計に短くなった。
トシはルームランプをすぐに消した。
「ドライブ行く?」
「うん」
トシは車を発進させた。
「ねえ」
「なに?」
「食べてからしない」
「ああ」
「おなか、ちょっと、すいちゃってる」
「分かった」
トシは幹線道路に引き返した。
「あのファミレス、休みかも」
「そうなんだ」
トシは何度も往復した幹線道路を進んだ。
ほんの少し、行ったところに、煌々と輝くファミレスが視界に入った。
「あ」
「どうしたの」
「やってる」
「えっ、なに?」
「ファミレス」
「また、ピザ、半分こしようよ」
「あ、ああ」車はファミレスに吸い込まれるように駐車場へ入って行った。
了
2003年10月4日