遺産
川崎ゆきお
父が蒸発して一年になる。
会社をリストラされ、生きる望みを失ったのか、残った家族を養うのが邪魔くさくなったのか、定かな理由は何も分からないが、父が消えたことは確かだ。
母はパートへ行き、姉は就職し、僕は受験勉強の日々。
塾へ行くお金をバイトで作ろうとしたが、それでは受験勉強の妨げになると母に言われ、おとなしく家にいる。
公立大学へ入れる自信もなく、私立では学費どころか入学金さえないので、すべれば就職することになる。
父さえ逃げなければ私立に行けたのにと思う。
僕の人生は狂ってしまった。
父の書斎はそのままで、開かずの間のようになっているがドアは開く。
母は蒸発の原因を探ろうと、書斎の中を調べていたが、手掛かりは見つからなかったようだ。
姉は父が嫌いだったので、書斎に入る気は最初からない。
父のいない書斎は、父の秘密が扉を開けそうで、中に入るのが怖かった。
しかし、大きなボストンバックがなくなっており、大事なものは持ち出したはずだ。
父が消えてから、家が広くなった。書斎にも入れるので、たまに休憩場所として使っている。
この家のローンはまだ残っているらしいので、僕はこの家を継げないかもしれない。きっと人手に渡るだろう。
お金さえあれば解決する問題なのだが、姉も結婚すれば家にお金を入れないだろうし、母のパートだけでは維持出来ないだろう。
やはり僕がいい大学を出て、それなりの収入を得ることが期待されている。その夜、勉強も終え、寝る前だった。トイレの帰り、書斎に入った。何かエッチな物が書斎にないかと考えたからだ。
男なら、きっとどこかに隠しているはずだ。書斎にはテレビがあるので、きっとアダルトビデオの一本ぐらいはあるはずなのだが、録画された映画しか見当たらない。
裏ビデオとかはきっと別の場所に隠されているはずだ。蒸発するときに持ち出したとは思えない。
きっとあるはずだ。
父とは同じ遺伝子、同じ血を引き継いでいるのだろう。隠し場所は簡単に分かった。
僕が隠している場所と同じだった。
天井裏から古びた箱を降ろし、蓋を開けた。
しかし、期待していたビデオはなく、スケッチブックや、書きかけの漫画原稿が入っていた。
父が漫画を書いていたことなど聞いたことはないし、絵を書いてる姿も見たことはなかった。落書きさえしない人だったのだ。
錆びたペン先や透明感を失ったアクリル定規も出てきた。
なぜ、漫画を書く道具を隠しているのだろう。
僕は漫画の生原稿を見た。絵柄はかなり古いことから、父が若かった頃のものかもしれない。
スケッチブックの下から漫画とは関係のないものも出てきた。成人映画のパンフレットや、何かの契約書や、念書などだ。
さらにその下に、一枚の絵地図が出てきた。父が書いのだろうか。
廊下で物音がした。
僕はその地図だけを抜き取り、急いで秘密の箱を天井裏に戻した。次の日曜日、僕は電車に乗っていた。行き先は父の実家があった町だ。
その絵地図は非常に狭い範囲しか描かれていない。絵地図の真ん中に黒いマークがある。
父が子供の頃に記したものだと最初は思ったのだが、紙が新しいのだ。よく見るとコピー用紙だ。つまり、比較的新しい。絵地図が薄くなったのでコピーをとったのかもしれない。
町名やメモの文字は父の筆跡だと思う。
よほど大事なものかもしれない。
マークのある場所に何があるのだろう。一番気になったのはそれだ。
父は蒸発した。天井裏の秘密の箱は見つけられることを知っているはずだ。だから、それほど大事なものではないのかもしれない。
だが、気になる。
父が漫画を書いていたことを初めて知ったように、この場所も気になったのだ。
絵地図と現実とのギャップは沢山あったが、黒マークまで達した。
既に野原はなく、建物で埋め尽くされている。父の実家があった場所も高層マンションになっていたし、そこから野原に出る路地も大きな道になっていた。
野原に一本松が立っているはずなので、それが見つからなければ諦めて帰ろうとした。
これだけ家が立ち並んでいると、松も切り倒されているはずだ。
小さな一戸建ての家がずらりと並び、私道が左右に伸びている。
きっと野原がゴッソリ分譲住宅地となったのだ。
松の木は野原の真ん中当たりに記されているので、分譲住宅地の中心部へ進んだ。
そして、松の木を発見した驚きで足が震えた。
松の木は野原の中に立っていたのだ。
よく見ると、ここには家があったらしく、周囲はブロック塀で囲まれている。
松の木を残したまま家が建ち、その家も取り壊され、更地になったのだ。
雑草が生い茂り、その端に大きな松の木が立っている。
僕は鞄からスコップを取り出し、根元を掘った。
宅地になってから盛られた土の下から黒い土が出てきた。野原時代の地層だ。
そして、大きな缶にガタンとスコップが当たった。
缶は錆び付いていた。
地面から引き抜くためには、かなり掘らないといけない。
スコップの先でガツンと突いてみた。
缶は破れ、キラリと光る物が中にあった。
指で、そっとそれを掴んだ。同じ大きさの玉が無数に入っていた。
その中の一つを掴み上げた。
それはガラス玉だった。一センチほどの大きさで、おもちゃ屋で売っているビー玉だ。
僕は一つだけポケットに入れ、すぐに埋め直した。了
2003年9月21日