小説 川崎サイト

マイアミ

川崎ゆきお

 駅前までの道は通勤のための道やったが、今では喫茶店までの道に変わってしもうた。
 今日も窓際の席から、行き交う人を見ながら一服。
 通勤していたころは、この喫茶店に入ったことはあらへんかった。会社へ行く前に寄るような余裕なんかないし、終わってからやったら店の明かりは消えてるがな。
 リストラで辞めさされることは、もう一年前から分かってたけど、何もせんと過ごしてしもうた。まあ、定年が十年早なっただけのことやしなあ‥‥。
 これは自分の境遇を納得するために、頭を切り替えたわけやない。何となくそういう感じで頭が落ち着いただけで、あんまり自分の意志を稼動させた痕跡はないなあ。
 相手がそう思うてるのやったら、それを受け取るのが自分のスタイルや。これが一番疲労が少ないスタイルでもあるわけや。逆らわへんからトラブルも少ない。負けるほうが楽なんやな、きっと。もう好きなようにしてくれ‥‥と言う感じや。
 ローンもないし、嫁はんも子供もおらへんから、自分だけのことですんでしまう。この状態が誰かに影響するわけやないから、誰かと相談する必要もない。気楽ゆうたら気楽やけど、世の中から消えてしもうても、誰も心配せんのはちょっと寂しいかな。
 親も死んでるから、心配かけることもない。まあ、親の残した遺産のおかげで、働く必要はない身分やから、リストラの影響はまったくなしや。
 会社も、単に行ってるだけで、大した仕事はしてない。役職どころか平社員のままやった。人を使うようなことは自分には荷が重すぎるし、部下もついてきてくれへんやろ。
 そう考えると、影響なしが逆にショックかもしれんなあ。この世の中に存在しながら、存在感がない存在やから。
 困ったのは行く会社を失うてから、何か落ち着かんような気分が続くんや。決まったパターンを綿々と続けてきたから、この生活の激変は、慣れるまで大変かもしれへん。
 これやったら離婚なんかするんやなかったわ。家庭でも持ってたら、リストラは一大事で、すごいドラマを演じられたのに、一人ではせいがない。
 嫁はんは二年持たんと実家帰ってもうた。お母ちゃんが嫁いびりしたからや。子供が出来んのは自分のせいか、嫁はんのせいか、よう分からへんかった。嫁はんは再婚したけど、その後子供が出来たかどうかは知らん。離婚してから音沙汰なしや。
 しかし、昼前の喫茶店で、まだ、ぼんやりするような年やない。人生半分以上残ってる。死ぬまでまだ大分時間があるで。そんな仰山な時間潰すのは並大抵なことやない。会社はそういう意味で重宝したけど、どうせ十年後は同じ状態になるわけやから、早いこと第二の人生が来たわけや。そやけど小学生が卒業していきなり高校生になるようなものや。その心構えが何も出来てない。
 首になってひと月ぐらいは、休めることを喜んで、毎日遊び歩いてたけど、どんどん虚しゅうなってきよった。仕事あっての自由時間やのに、自由時間ばっかりではネタが持たんのや。どこかで時間を拘束されてこそ、自由時間の値打ちがあるのに、ずっと自由やと遊びが仕事になってしまう。
 毎日やから通勤電車に乗れるのやけど、遊びに行くために乗る電車は、どこか不真面目になる。ピリッと張り詰めたものがないと、だらける一方や。
 それで最近は駅前まで出て、そこから先へは行かんようになった。改札通っても通らんかっても、景色が変わるだけになったからや。それに毎日遊べるだけの金は持ってない。この先何があるか分からへんのやから、景気よう使うてしまうのはやっぱり怖いのや。
 喫茶店の窓からホームが見える。ラッシュは終わったあとやから、のんびりしてる。
 あのホームに毎朝立っていたころは何を考えていたのやろ。きっと何も考えんと、機械的に動いていたような気がする。何も考えんと動けるのは重宝や。今は何をするにも考えんとあかん。何かを果たすために何かをする‥‥わけやけど、メインの目的が希薄やと指針を失うたようなもんやから、てきぱきした動きにならんのや。
 たとえば今、あのホームに立っても行く場所がない。都心に出たら何ぞやるネタが見つかるやろけど、先月それを毎日やったけど、街を彷徨うだけの事になるだけで、楽しいとかの次元と違うてしもうた。
 もっと休みがあったら、色々なことが出来るのに‥‥と思えるためには、趣味とかがなかったらあかん。仕事をほったらかしにしてでもやるようなことは今までなかったから、難儀してるのや。
 この一ヶ月ほどは、枯淡の境地にでも達してやろうと、何もせんと日々過ごすことにした。この枯れた境地をメインにしたら、趣味とかは邪魔になる。むしろ下手な趣味など背負うことは意に反する事になる。趣味がないから、負け惜しみで枯淡の境地を趣味にしてるだけかもしれんけどな。
 一週間ほど前まで風邪を引いてた。かなり長引いた。これは結構ネタになる。体調がメインで、生活パターンもそれに合わせられるから重宝したもんや。
 この喫茶店へは風邪のときも来てた。往復するだけでも大変やった。まあ、駅前まで出んと、スーパーがないから、食べる物調達するため、嫌でも外に出なあかんわけやけど。
 風邪で微熱があるのか、頭がふらふらし、真っ直ぐ歩くだけでも大変やった。一寸動くと動悸がするし、頭がふーとなって、意識がおかしなることもあった。
 風邪はいつの間にか治ってたけど、喫茶店とスーパーの往復を、普通に出来ることの幸せを感じたものや。生きてるだけで十分幸せと言うことやった。そやけど寝たきりは嫌やな。やっぱり、外出出来るぐらいの体力は欲しい。別に何もせんけど、動けんようになってしまうのと、動けるけど動かへんのとでは大違いやから。
 ホームを見て、もう二度と上られへんかもしれんなあ‥‥となるより、その気になったらいつでも電車に乗れる状態を維持したい。
 今がその状態で、ぼんやりホームを見つめながら、コーヒーを飲んでる。その気さえ沸いたら乗れるのや。
 今日はちょっと体調もええし、何となくやる気もあるから、久しぶりに都心に出てもええなあ。
 この先どうするか、真っ白やけど、その手がかりのようなもの、街に出たら見つかるかもしれへん。たとえ見つからんかっても、移動しながら色々考えられる。やっぱり何かしたがっている自分がいるのは確かや。
 先は見えてないけど、目の前のホームは見えてる。プラットホームは何処かへ連れて行ってくれる乗り場や。
 だんだんその気になってきた。久しぶりのやる気や。
 定期券はない。券売機で切符を買うのは面倒や。とりあえず終点の梅田までの切符を買う。通勤のときと同じ駅まで切符を買って乗るのは新鮮やったけど、今は邪魔臭いだけや。
 梅田でも神戸の三宮でもええ。好きな所までの切符が買える。まあ、電車に乗ることだけが目的やったら、それでもかまへんけど、それやったら子供と同じになる。往復して帰るだけや。目的は電車に乗ることで、下りてからの目的がない。確かに子供のころは電車に乗りたいばっかしに、親の買い物について行ったなあ。あの境地に達したら大したもんやけど。今は目的がなかったら電車に乗られへんようになってしもうた。大人はそれで当たり前なんやから、そんなことでしみじみする必要はない。
 旅行という趣味もええなあ。ただ移動するだけでええのやから楽な趣味や。あ、いかんいかん、趣味を作ろうとしてるがな。
 しかし、お腹がすいてる。本来の予定ではスーパーへ寄り、おかずを買う事になってる。既に電気釜のスイッチは押してある。
 空腹のまま梅田の雑踏を歩くのは苦しい。別に急ぎの用があるわけやない。出ても出んでもええ行為や。無理に行く必要はない。出かけるのは余裕の産物で、気持ちに余裕がなかったら、その産物は美味しくない。出かけても拙い思いをするだけやったら、行かんほうがましや。
 もう少し余裕のあるときに実行する方針に傾いた。自由な時間があってもその自由を使われへんことに、多少苛立ちはあるけど、退屈なほうがまだしも平和や。
 会社へ行ってたころのパターンは崩れたけど、今は日々穏やかに暮らすのがパターンになってる。基本パターンは三食の準備や。これはやらんと飢え死にしてしまうから、基本中の基本や。義務や権利とかの問題やのうて、生きている人間にとっての基本中の基本のベースかな。この日常パターンは分かりやすい。
 スーパーへ行くため、席を立つ。
 ポケットから小銭を出すが、百円玉が足らん。財布を見るが千円札がない。仕方なく万札を出す。
「あああ」
 若いマスターは擬音を発する。
「ないのん」
「はい」
「ちょっと切符買ってくるから待っといて」
 自分は思わず、そう言ってしまった。
 券売機に一万円札を入れ、梅田までのボタンを押す。
 小銭が飛び出た後、千円札と切符がやや間を置いて出てきた。何で梅田までかは分からへん。その券売機には運賃のボタンがあるだけで、行き先とかは関係がない。その料金やったら梅田まで行けるだけの話や。当面の目的は両替機とかわらんけど、切符を買わんとつり銭が出ん。つり銭が欲しいから切符を買う。それだけのことや。別に、その料金分の場所まで行く必要はないねんけど、高いコーヒー代になってしまうのは惜しい。
 喫茶店に戻り、小銭を渡す。マスターは申し訳ないような顔をしている。まあ、この程度の小さい店で万札を出すほうが悪いのかもしれんけど、小銭や千円札の有無を確認しながら喫茶店に行かなあかんのもおかしい。
 会社へ行ってたころは、そんな細かい事なんか、あんまり考えへんかったなあ。今は日常や暮らしの細かい事に頭が回るようになってる。
 日常が仕事‥‥変な具合や。
 プラットホームに立つ。よう、すいてる。ベンチも空いてる。いつもの朝や夕方みたいに、ホームに人が並んでる状態やない。スカスカにすいてる。何か退役軍人になったような感じやわ。戦線には出てないねん。人が沢山集まったり並んでるところは第一線の密度があるのかもしれん。このスカスカのホームは、のんびりしすぎてる。
 この時間、電車の本数も少ないのか、かなり待った後、電車がホームに入ってきた。乗客も少ない。好きな場所に坐れる。通勤のころは坐って梅田まで出るのは考えられんことやった。毎朝ラッシュ時に体力消耗させていたわけや。まあ、ええ運動になってよかったのやけど‥‥。
 この電車は支線で塚口で本線で乗り換えになる。塚口で下りてもかまわへんねんけど、出かけたような気がせん。歩いてでも行けるような街は、町内と変わらへんからなあ。まだ塚口は日常の領域や。そこから出なあかん。
 子供のころは塚口が都会に見えたことがあったなあ。見知らん大人がいっぱい歩いてた。通りもぎらぎらしてた。映画館やパチンコ屋のネオンも威勢がよかった。大人の深みを感じた。町内の家々にはない歓楽街の奥行きや。そやけど今の塚口は大きなビルの中に映画館もパチンコ屋も吸収されてしもうて、風景が大人しなった。怖さがなくなった。
 塚口まではひと駅やから、あっという間に着いた。どこへ行こうか考える暇もないままホームに下りる。同じホームから梅田行きに乗れる。向こう側のホームは神戸行きや。流れとしては階段を下りて神戸側のホームに出るのは面倒や。そう考えているうちに梅田行きが来た。とりあえず乗ることにした。
 最初から梅田に出るのは分かりきってた。目的地がない場合は、一番こなれたコースを選ぶようや。それに切符は梅田までのを買ってる。変更は出来るけど、意外と、こういうときは冒険はせんもんや。自由度が低いときほど、妙な選択をしたがるものかな。
 支線よりも本線の電車のほうが人が多い。ボーとしてたら席を取られてしもうた。そんなときは開けへん側のドアにもたれかかるようにしてる。席がないとき、そのポジションが楽やから。
 この日常から離れるつもりはない。いつもの自分のパターンを通すのが、自分としては安定してる。それは町内から出ても同じかもしれんなあ。
 今日はいつもの日々とは違うシーンや。梅田までの見慣れた景色やけど、いつもとは違うコースをとってる。
 どこへ行くのやろか。そんなこと考えんと乗ってしもうた。結局は梅田駅前の喫茶店にでも入って、戻ってくるのが落ちやろ。実は、そうならへんようなパターンが希望やけど、現実にはそんな嬉しい展開などあるわけがない。
 いや、諦めきるのは早い。現実というものは何が起こるのかは一寸先は闇や。何もないはずのときに、それは起こり、期待しているときは、それは起こらへん。今日は少しは期待しているから、予想もつかん現実は、無理かもしれん。
 僅かな希望としては、思わぬ人とばったり出会うことか‥‥。しかしこれまで、そんな展開になったことは極めて少ない。それに、その場合、楽しいことやのうて、あってはいかんような不幸なトラブルに巻きもかれたパターンしか思い出せん。
 まあ、何でもええ。今日はいつものパターンからはみ出たことだけでも満足しよう。これだけでも十分冒険なんやから。
 と、思うているい間に電車は園田に止まり、空席が出来る。当然座ることにした。
 次が神崎川、その次が十三、中津、そして終点の梅田。車窓風景も見慣れたもので、さして珍しいものを眺められるわけではないから、瞼を閉じた。
 このまま居眠りし、起きたら見知らぬ駅に下りていた‥‥と言うような展開もある。そんなことは現実にはありえんやろ。もしあったとしたら、もうこの世の人ではなくなっているかもしれん。
 自分のように居てもおらんでも、どうでもええような人間は、存在感が薄いなあ。リストラのときも、辞めさされんですんだ同僚がおる。彼は会社にとって役に立つ人間なんや。しっかりと存在感がある人間なんや。自分はどうでもええような人なんやと、そのとき改めて自覚した。それまでは、今のままのほうが安定してるし、気楽やし、悪いポジションやないと確信していたんや。
 単に真面目に勤め上げてきただけのキャリアでは、再就職もままならん。最初からそれは分かってたから、勤める気はもうない。就職するにも、採用してくれる会社はないやろな。前と似たような待遇の会社は尚更ないはずや。やったことがない仕事を、これからやるのは面倒臭い。すぐにでも仕事探さな飢え死にするわけやないから。
 蓄えはあるし、親が残した遺産もある。それを元手に何かするような考えはないから、全額生活費として使える。
 問題がないことが問題かもしれん。問題があるほうが動く目的も出来るし、やる気も出るやろ。危機感が人を動かすというやつかな。危険な状態になることを避け続けた自分としては、危機感は遠いものになってしもうていたんやろか。または、危機を避ける術を会得しすぎたためか。
 このままやったら、単に生きているだけの代物で、それ以上でも以下でもない存在や。しかし生きていることには変わりはないし、どんな状態でも生きていくのは大仕事や。そうは思うものの、何となく無気力で、やる気なく、淡々と暮らすことだけを目的とした生き方も考え物かな。生きていて当たり前で、その当たり前が出来ん人にとっては、大きな目標になるやろけど、その最低条件をクリアした人は、その次のステップに上がるべきやろなあ。これは余裕の産物でも、余計な事やのうて、自然な流れかもしれん。
 すると自分は不自然なことをしているのかな。自然な流れを自ら堰き止めているのかな。何か出来そうやのに、サボっているのかな。
 こうして意味もなしに電車に乗り、行き先も行った先での目的もなしの状態が、そもそもおかしなことやないか。普通はそういうことで動くもんやない。無邪気な散歩やったら、その無邪気さが味わえるはずや。今はそういうのはない。身の置き場が分からんから彷徨っているだけの状態や。これが平和そのものか‥‥いや、そんなことはない。無目的な行為の最中にこそ善からぬものと遭遇するもんや。自分に隙があるからや。
 電車は神崎川の鉄橋を渡っている。一瞬やけど川面が見えた。
「川の流れのように生きるか」と、呟くが、意味はない。単に連想しただけや。連想した言葉で、生き方を変えるわけにはいかんし、またそんな言葉の語呂だけで生き方が変わるものやない。生き方の変え方を楽しんでいるだけの事や。本当はそんな事で生きてるわけやない。いつの間にかそういう生き方になっていただけで、大きな決断があったわけやない。
 電車は神崎川駅のホームに入った。今やったら降りることが出来る。
 ドアが開く。今なら、急いで立ち上がったら、ドアが閉まるまでにホームに立てる。
 腰を一瞬上げるが、気持ちで上がるのはそこまでで、本気で立ち上がるだけのバネはない。人がさっと入ってきて、さっとドアが閉まった。神崎川で下りたことは一度もないから、降りてみてもええのでないかと思っただけのことや。理由はそれだけやから、自分に対しての説得力が低すぎた。可能性はあるけど、選択するだけの魅力に欠ける。
 次の十三駅で下りる可能性もない。下りてもかまわへんだけの理由で下りるのは、いくらなんでも動機が貧弱や。
 もともと貧弱な発想しか出来んのやから、自分にはふさわしいかもしれんけど、それではいつものパターンと同じ事になる。今日はせっかくパターンをはずした行動に出てるわけなんやから、それを通したい。
 気がつくと、十三駅に到着していた。もちろん下りひんことにする。この調子では中津でも下りんと、やっぱり終点の梅田まで行ってしまうことになる。そんなこと最初から分かってんねんけど、ちょっと迷ってみたかっただけのことや。何らかの意味での確認でもある。
 電車はあっさり中津駅の狭いホームを抜け、梅田駅に突き進む。駅に到着したら、自動改札を通るのと同じような按配で、自動的なコースに乗ることになる。会社へ行ってたころのコースと重なるけど、地下鉄への通路へ向かう。
 地下鉄谷町線までの道は色々あるけど、通勤時代に開拓した最短距離の通路を歩いている。他の通路をうろうろ回りながらでもかまへんのやけど、通り慣れた通路のほうが安心感がある。
 この通路に入ると、そのパターンに嵌まってしまう。カメラ屋のショーウインドウを見たり、電子文房具とかを見たり、一つ先行く季節ものの上着を吊るしてる店の前で値段を見たりとかや。地下街にあるそれらの店は、さすがに早朝からやってないから、会社が引けてから見たもんや。僅かながらも物欲があり、次、何を買おうかと思いながら見るのが楽しかった。
 同じことを繰り返しているようでも、シーズンによって思うことは違うはずや。それに年月が考え方や好みも変えるようや。二十歳代の好みと、今とでは変わってしもうたものが多い。集中力とか熱気とかが年々薄れていく。以前やったら興味があったことが、徐々に冷えてきて、まったく興味対象から外れる事柄もある。そのことが情けないというか淋しいと思うような時期もあったが、今はそう思うことさえ薄らいでる。もっと年を重ねると、もっとそうなっていき、やがて枯れてしまうのかな。まあ、そのほうが幸せかもしれへん。平和に年を重ね、無事に暮らせている証拠やないか。ええ歳して頑張らなあかんような状態になるよりましや。
 そやけど、そんなペースで生きていってもええもんかと考えることもある。それは面白さを求めているためかもしれんなあ。
 昼前の梅田の地下街は、そろそろランチタイムに突入するらしく、食べ物屋の前が活気付いてる。それに巻き込まれると、満席の喫茶店で往生することになる。梅田に到着した時間帯が悪かったんかもしれんなあ。
 本来なら、この時間、スーパーで買った野菜や肉を調理して食べている時間や。一食分外食することになったから、野菜が余るかもしれん。帰ったら野菜を多い目に使ったものを作るとするか‥‥。
 地下鉄の改札が近づいてきた。会社へ行くわけやないから、あの改札を通る必要はない。
 さて、何処へ行こうか。一番恐れていた壁にぶつかった。梅田に出るということは、ここまでは自動コースなのやけど、この先がマニュアルになるねん。創意工夫等がなかったら動きが取れん。いっそこのまま引き返すか‥‥‥‥それではちょっと不満が残るな。何らかのイベントを作って、一寸は何かをして、帰った記録が欲しい。そうやないと、ますます都心部に出る頻度が落ちる。街に出ても、やることがないまま引き返すことが多いと、出る機会がますますなくなる。
 これは悪あがきかもしれんなあ。実際には何も用事なんかないのに、何かあるような雰囲気を自分で作ってる。もしかすると、まだ何かやりたいと思うエネルギーがあるのかもしれんで。
 若いころならいざしらず、今から何かをやり出すのは大層や。本当にやりたいことがあるのやったら、そんなこと考える以前に、既にやってるはずや。何もする気がないから、この今日があるわけや。
 改札口近くに喫茶店がある。ミドリという名前で、グリーンティーが美味しい。喫茶店ではコーヒーを飲むことが多いのやけど、一度気紛れでグリーンティーを、ここで飲んでから、さっぱりした甘さが気に入った。不思議とこの店に来たときだけグリーンティーを飲んでる。
 と、言うことは、今日は久しぶりに喫茶ミドリでグリーンティーを飲みに来たことになるわけか。何ちゅう優雅な趣味やろ。
 ドアを開けると、グリーン色のワンピースを来たウエイトレスが迎えたくれた。この店の制服や。この色が、グリーンティーを誘うのかもしれへん。
 ランチタイム帯やけど、特にランチメニューはないらしく、食事中の客はおらへん。食後に入る店なんやろ。
 この近くの社員らしい団体が、四人がけのテーブルを狭苦しそうに取り囲みながら雑談に耽ってる。何ぞ深刻な話でもしているのか、笑顔は見えへん。
 自分も、ついこの間まで、会社の近くにある喫茶店で、似たようなことをしていた。今は、喫茶店で一服しても、戻る仕事場がない。
 グリーンティーを半分ほど飲んだころ、ほぼ満席状態になった。食後の一服客が押しかけたのや。四人がけテーブルを占領している自分としては、ウエイトレスの視線が気になる。三人連れの客が満席と知って帰ったとき、立ち上がる準備にかかった。
 もし、自分がこの近くで働いているのやったら、決して一人でここに座ってないやろ。この違いをもっと認識する必要がある。そうやないと、ますます自分の存在が惨めに思えるからや。
 勘定を済ませ、店を出る。
「ここは何処やろ」と一瞬戸惑った。
 地下街の通りに人が行き交ってる。この通りは妙な場所にある。地下鉄の通りと並行しているのやが、新しく出来た通りで、大阪駅前ビル群の地下と繋がってる。地下鉄の通りは行き止まりになるけど、この通りには先がある。左右には店舗があり、ショッピング街になってる。喫茶店の裏側が地下鉄側の通りやけど、出入り口はない。そのため、地下鉄側からこの喫茶店は見えへん。
 会社はこの駅からひと駅先の南森町にあった。喫茶ミドリは、通勤の通り道にはない。二つの並行して走ってる通りを繋いでいる横道を通って、喫茶店のある通りに出られるねんけど、行き方は分かってるけど、どんな構造になっているのかは考えたことはない。
 南森町から乗ったときの車両の位置によって、東梅田駅で下りたときのホームが違ってくるねんけど、下りた位置に近い出口から改札に出ると、喫茶店への横道を見失うことがある。まるで、忍者屋敷みたいに錯覚を起こさせるような構造になってる。もちろん、そんなこと計算して作ったわけやないやろ。要するに地下通りが継ぎ足されているだけなんやけど、一種の迷路のようになってるねん。
 喫茶ミドリを出た瞬間覚えた幻惑感は、この地下通路のからくりが原因かもしれん。
 しばらくすると、方角が見えた。いつもは横道から来ていたのやけど、今日は阪急側から来ていることに原因があったようや。そうゆうたら、ミドリへは会社の帰りにしか入ったことはない。家を出て、いきなりミドリへ行くことはありえんからや。もし入るとしたら、それは会社へ行かんと喫茶店でサボってることになる。
「なるほどそうか」
 と、自分は納得した。今日のこの行為はサボっているだけなんや。サボるには本来するべき事柄があるはずなんやけど、それがないから気がつかへんかったのや。
 帰るのやったら、通り沿いに進んだらええ。梅田で喫茶店に入って一服し、戻る‥‥と日記に書き込むことが出来るやろ。
 しかし、わざわざここまで出かけて来て、あっさり引き返すのも芸がない。電車に乗ってる時間のほうが長いことになる。
 ミドリの前に階段がある。地上へ上がる階段や。その近くにエスカレータがあり、ビルの上と下へと繋がってる。下りると駅前ビル群の地下と繋がってる。その一帯にも店はあるけど、ほとんどのテナントはシャッターが閉まってる。僅かに店が開いてるのは人が行き交う通りだけや。パチンコ屋とサラ金と、ゲームセンターと、チケット屋が並んでる。その一角の地下はビルの地下やから、地下街通路も地下一階と二階に分かれている。今通っているのが一階か二階かが分かりにくい場所や。要するにストレスを感じさせるような構造になってるから、この一帯に踏み込んでも、さほど楽しい雰囲気やないねん。
 その代わり、客が少ないから喫茶店なんかはいつもすいてる。セールスマンや外回りの人がサボりに入る喫茶店群として有名らしい。自分も何かからサボってるわけやから、この種の喫茶店の一つに入るにふさわしい人間かもしれんと思い、下へ行くエスカレータの上に乗った。
 人生をサボれる状態になっている。将来自分がやるべきことが見えてきた。どうやってサボるかや。よぼよぼのお爺さんになってからサボったのではもう遅い。それはサボってるのやのうて、動けんようになっているだけや。まだ体力や気力のある間にこそ、サボれるのや。
 エスカレーターを下りると、路地裏のような通路に出る。狭苦しい場所に店屋が並んでる。ここは何処かのビルの地下やけど、隣のビルへ行くための通り道になってる関係で、人通りが多いのや。そやから、それなりに賑わってる。明石焼きの店も元気そうや。この店が奥まった場所にあったら、数週間で消えてしまうやろ。
 結局人の流れは店屋にあるのやのうて、人が流れている通路にある。わざわざ脇道に入り込んでまで行かなあかんような店は、余程特殊な店にちがいない。地下街の中に埋まり込んでもうた店は、一度行っても二度目が大変や。理由は簡単や。迷路のように入り組んでるから、探すのが大変なんや。これが地上の店やったら目印もあるやろし、方角も掴みやすい。天井を塞がれ周囲が壁では、どの場所も同じように見えてしまうもんや。
 自分は、出来るだけ人が入り込まんような横道を探しながら、通路の隅から中ほどへ侵入して行った。分岐点に出るたびに、人の気配が薄い方の通路を選択した。通路の左右にあるはずのテナントが全滅してるところもある。シャッターが壁のように連なり、プレートは白紙や。
 大阪梅田の一等地にあるはずの場所にしては、この寂れようはどうしたことやろと、この近くを通るたびに思う。駅前ビルは四つある。似たような作り方のビルやし、ビルの名前も数字や。駅前第一ビルと第二ビルとの違いなんか記憶しにくい。
 梅田には地下鉄の駅が三つある。東梅田駅、西梅田駅、そして梅田駅や。この駅前ビルはその三つの駅と繋がってるから、通路の役目も果たしてる。
 どうしたことか自分は東と西の違いをすぐに把握出来ひん。左と右はすぐに分かる。左手の左、右手の右やから、すぐに見当がつく。東と西は固定してる。左側が西やと思ったら、今度は右側が西に変わってしまうことがあるねん。地図で言うたら、北が上やったら左が西や。地図はいっつも北が上を向いてるとは限らへん。こういうのを方向音痴と言うんやけど、自分はそうやないと思ってる。それなりに把握してるつもりなんやけど、九十度とか百八十度とかずれてしまうのや。
 既に今もその状態になりつつある。壁に西と書かれてても、その西は何処を指してるのか分からへん。それに梅田の街が、どっち向いてるのかも調べたことがないねん。神戸線で梅田に来たのやから、西から来たことになるけど、梅田駅がどっちを向いているのかは分からへん。神戸線のホームの先端が西を向いてるとは限らん。北を向いてるかもしれへん。線路は曲げること出来るからなあ。そやから、方角なんか当てにならん。
 案の定、快い迷いの足取りになり始めた。ところどころ見覚えのある場所に出るけど、方角が麻痺しているから全体が掴まれへん。つまり、真上から見て、自分が今何処を歩いているのかの全体像があらへん。
 地下通路が路地みたいに狭苦しゅうなってきた。ええ按配に人の少ない一角に入り込めたことになる。わざわざこんな場所に来るようなアホはおらんやろ。どこかへ抜ける近道になってるのか、シャッターが開いてる店がちらほらある。よほど慣れた人間やないと、こんな通路利用せんやろ。何度も何度もこの辺りの通路を通りながら、探し出した近道かもしれん。その意味で素人が入り込むような場所やない。
 前方に紳士服の店がある。テーラー青木と看板がある。どう見ても地下街には似合わん。その横にラーメン屋があるけど、店の前は乾燥しきってる。ショーウインドに餃子や焼きそばのサンプルが飾ってあるけど、色褪せてる。その上からサランラップを被せてある。喉が詰まりそうなぐらい息苦しい。水分が不足している感じや。乾物屋みたいに干からびたラーメン屋や。
 わざわざ駅前の高層ビルに店を出すのやから、もっとましな店にしたらええのに‥‥と考えているとき、ふと思い出したことがある。このビル群が建つ前、この辺にあった店屋かもしれへん。立ち退き後、ここに優先的に店を出すことが出来たのや。
 ラーメン屋と洋服屋の並びに、相当広そうな喫茶店がある。長く続いてる壁は喫茶店のものやろ。壁の中ほどに入り口がある。小さなテナントやったら数件入るほどの長さや。店の名前はマイアミとなってる。聞いたことがある店やけど、チェーン店の一つかどうかは分からへん。昔、この辺りに大きな喫茶店があったのかもしれんなあ。
 ガラスドアの前に立つと、自動扉のようで、スーとガラス戸が走った。ビル内に店が出来てから一度も内装を触ってないのか、十年以上昔にワープしたような雰囲気や。セルフサービスのコーヒー屋の時代から見たら重々しい。ソファーもテーブルも、簡単には動かせんほどの重量を感じる。いつまでもそういう時代が続くと勘違いしてたころの名残が、逆に悲しい。そやけど意外と客は多い。四人がけのテーブルを一人が一つずつ占領しているためやろ。とりあえず中ほどの席に着こうとしたら、階段を発見してしもうた。下にもフロアがあるようや。奥まった場所の方が粘れると思い、階段を下りかけた。別にボーイは何も言わへん。
 下のフロアは、地下二階ということになる。上と似たような構造やけど、照明が少し暗い気がする。驚いたことに下の方が客が多い。しかも奥の方とか隅っこのほうは満席や。空いてるテーブルを探すため、フロアをうろうろする。ウェイトレスは階段近くで突っ立たままや。自分が座るのを待ってから注文を聞きに来るつもりやろ。
 柱の影に、二人がけのテーブルがあったので、そこに座る。あまりええ席ではないみたいや。目の前がトイレで、ダンボールとかがすぐ横に積まれてる。こんな状態でも流行ってる店‥‥何やろ。ただの喫茶店ではないのかもしれんで。
 そやけど、不思議と馴染んでしまう雰囲気がある。客層が似ているためやろか。自分と似たような世代で、風貌も近い客が多い。全員一人客なのも気になる。
 かなり年配のウエイトレスが注文を取りに来た。メニューを開き、突っ立っている。早く決めろと催促しているようにも思えん。いくらでも時間があるから、何を頼みたいのか、じっくり考えてええで、という姿勢が伺える。梅田のこの辺りはビジネス街でもあるわけやから、きびきびとしたテンポが必要なはずやのに、ここにはそれがない。
 アイスコーヒーを注文する。老いたウエイトレスは階段の所へ行き、上の厨房へ電話で伝えているようや。近くに棚があり、どうやらそれが小さなエレベーターになってるらしい。
 有線からクラシック音楽のようなのが流れてる。一人客ばっかりやから話し声はない。深海のような静けさがフロアを覆ってる。
 まだこんな店が残っいて、しかも結構繁盛してるのやから、時代に取り残されたわけやない。この場所やから許されてるのやろな。
 やっぱり気になるのは、客層が自分に似てることや。まるで自分自身を確認するみたいに見えてしまうねん。一寸した自己嫌悪に陥りそうや。自分もあんな感じで、じっと座ってるだけの人なんやろか。
 普通のセールスマンのような人も座ってるけど、元セールスマンで、今は浪人かもしれへん。やるべきセールスもない世界を彷徨ってはるのや。
 いかにも昼食後の休憩のように座ってるビジネスマンもそうや。休憩した後、行く場所がないはずや。ビジネスマンでもないのに、ビジネスマン向けのビジネスランチとかを食べて来たのやで、きっと。そして、ビジネス手帳や能率手帳を開けてても、スケジュールは真っ白や。効率よう動くほどの目的もなかったりしてな。
 ビジネススーツで、ばっちり決めてる男も、後頭部の毛が一寸延びてるやないか。そういう箇所に隙がある。油断してるのや。化け切れてないのや。
 そういうたら自分も手提げのビジネスバックを持ってる。その中には書類なんか入ってないがな。古本屋で見つけた私小説の文庫本が入ってる。
 彼らはもう窓際の小動物でさえない。寄るべき窓さえないのや。弱った小動物が隅っこで蹲っている姿や。しばらくじっとしてたら回復するわけでもない。人生の負け犬や。
 いや、待てよ。そんな奴ばっかりとは違うはずや。心機一転、新しいことを始めようかと燃えてる起業家とかがおるかもしれんがな。沈みがちな発想をするのは自分を鑑みてのことでしかないわけで、人は違うかもな。
 この連中と同じやとは思いとうない。自分は別なんや。うーん、しかし、あの連中もそう思ってるかもしれんなあ。
 この連中の中で、少しはましなレベルでも、世間一般から見たら同類や。職を失い、彷徨ってる人間に変わりはない。それに元気な奴は、こんなところで蹲ってないわ。ここにいる連中は諦めムードで、成す術もないまま座ってるのや。
 近所の喫茶店で、一人で座ってるときは見えへんかったのに、ここに来て思い知らされたわ。そやけど、来るべき人が来る場は、世の中にはあるものや。逆に言うたら、自分がそうやからこそ、ここに辿り着けたのや。資格というには情けないパスポートや。
 みんな何を考えてるのやろ。自分と同じことを思ってるのやろか。いや、そこまで自分と重ね合わせて考えるのはやりすぎやろ。普通のビジネスマンも来てるはずやろし、通り掛かりの人が偶然来て、休憩しているはずや。
 ここは誰でも出入り出来る公衆の場や。リストラで彷徨っている人だけの会員制クラブと違う。
 この一角の喫茶店についての噂を思い出した。セールスマンがサボりに来る喫茶店が数箇所あるらしい。この店もその一つやと思うけど、一寸雰囲気が違う。サボるようなセールスマンは既にリストラにあってるかもしれんがな。サボり喫茶の噂は景気の良かった時代の笑い話やったのかもしれんなあ。
 一人の男が席を立ち、階段を上がって行く。まあ、ここで暮らすわけやないから、いつかは出なあかんわけや。その後を尾行したら、また違う喫茶店に入りよるかもしれんで。結局具体的な行為が何もないまま終わるのやろなあ。
 トイレのドアが開き、男が出てきた。席が二階にあるのか、階段を上って行きよる。二階にはトイレがないのか。ここから見たら二階やけど、このフロアは地下二階のはずや。しかし、長いトイレやったなあ。大便でもしてたのかもしれん。
 それほど尿意はないけど、トイレへ行きたなってきた。目の前にドアがあるから、行きやすい。
 立ち上がり、トイレの前まで来たとき、さらに下へ下りる階段を発見した。まだ下があるのか。ここは一体何処や。地下三階まで貫いてる喫茶店ということになる。地上にあったとき、三階建ての喫茶店やったのかもしれん。昔の古い喫茶店で、そういう店、結構あったような気がする。
 階段の下をそっと伺うと、この階と同じようなフロアが下にもありそうな雰囲気や。テーブルとソファーが少しだけ見える。下へ下りる用事がないから、トイレのドアを開けた。
 フェリーの船底に入り込んだような感じや。トイレは別に変わったものやない。男女兼用らしく、便器がぽつんとあるだけや。念のため、ドアをロックする。
 下の階が気になる。この地下街は地下二階までしかないはずや。この店のためだけに、もう一階掘ったのか。そんなことはないやろ。十階を超えるビルや、地下三階とか四階とかがあって、駐車場になってるのもしれん。または、地下一階やと思ってたフロアが実は地上にあったのかもしれん。この駅前ビルで、うろうろ出来る階は地上と地下一階と二階の合計三層や。ビルの二階部分にもテナントが入ってるかもしれけど、上がったことはない。歯医者とかが入ってそうな階や。それに四つのビルは独立してるから、地上二階のフロアでは行き来が出来んから、通り道にはならん。
 しかし、この喫茶店の構造なんか知ったからゆうて、何にもならん。単に暇人がやることや。暇やから、つまらんことが気になるのや。建物や店にはそれなりの事情があるわけで、それが自分と深く関わるのやったら別やが、興味本位だけでは何の生産性もない。
 いかんなあ、やっぱり自分は働いてないことを気にしてる。今の状態が決して良いもんやと思ってないことが、丸分かりになってくるがな。
 トイレを出る。少し腰を沈めると、下のフロアがかなり見える。階段の線に引っ張られるように階段を下りた。
 地下三階のフロアは面積は上と同じやけど、客の姿はない。テーブルの配置もそっくりやけど、荷物が置かれてる。物置になっているらしい。誰もおらんようやから、奥のほうへ行く。まさにここは船底や。
 座れそうなソファーがあったから、一寸腰を下ろしてみた。テーブルの上に紙の束がある。チラシみたいや。この店のチラシや。開店のときに配ったものやろか。いや、そうやない。この喫茶店でバイオリンの演奏会があったようや。しかし、そんなんするようなステージがあったんやろか。長い髪の若い女の写真がある。この人のコンサートかも。店までの道が書かれた地図もある。
 ない。大阪駅前ビル群がない。このチラシは地上にあったころのものらしい。
 足音がした。階段を降りてくる足音や。自分はすぐに立ち上がり、階段近くまで行く。
 階段の下まで来たとき、下りて来た人間と顔を合わせた。その男は一瞬ためらい、さっと体を回転させ、階段をかけ上がった。自分はそれを追うように階段を上がり、元の席に座った。さっきの男は伝票を持ち、上の階段へ向かっていた。老いたウエイトレスがこちらを見ている。あの位置からでは階段を下りて行く姿は見えへんはずや。トイレから戻って自分の席に着いたようになってるはずや。
 もう一度ウエイトレスを見る。もうこちらを見てなかった。
 この、わくわくする感じは何やろか。しばらく忘れていた感覚や。いや、失いかけてた感覚かもしれん。
 自分は何かになったような気がした。それは映画を観たあと、映画館を出たときの気分に似てる。一瞬誰かになったような錯覚や。
 気分がええところで、このまま帰ろうと席を立った。
 老いたウエイトレスの前を通る。彼女は軽く目を細める。何処となくさっき見たバイオリンの女に似ていた。
 階段を上り、レジに向かう。クラシック音楽が重々しく流れてる。客はそれに聞き入ってるふりをしているようや。
 レジで伝票を渡すとき、値段を見た。びっくりするほど高い値段やないかと心配したけど、このあたりの相場どおりの値段やった。
 ガラスドアの前に立つと、スルスルと自動ドアが走った。通路に人影はない。
 

川崎サイト