川崎フォトエッセイ  その801  表現現象       HOME

 絵画的なもの、造形的なもの、それらをひっくるめて「表現的なもの」は、作為的なものでもある。

 作者が、それを表現物として作っても、見る側が、そうとは受け取らなければ、表現はされていないことになる。

 逆に、表現意図が全くない仕掛けや状態でも、そこに表現的なものを見出した場合、表現物として認識することは、見る側の任意行為として可能である。

 街角には偶然に発生した表現物が存在する。それらは見出す行為が必要になるため、一方的に与えられたり、積極的に表現の場へ出向いたりとかの動きではないため「表現現象」がそこにあっても気づかない。

 人為的に作る表現物は、実は日常や自然の中で見出したそれらの素材を加工したものにすぎないのかもしれない。

 しかし、まるでドラマを見ているようなシーンに出くわすこともある。この場合、何らかの表現作品を見た経験が、実際の現実上でも、見出すことになる。現実が先か、作品が先かの問題は、ややこしい。