川崎フォトエッセイ  その1265 公共の結界      HOME

 公園の滑り台は誰でも利用出来るが、独自の結界が張られていることがある。

 子供達だけで滑る場合、同じ世代ほど、意識し合うようで、何らかの認知作用のようなものが生じることがある。

 単なる滑り台なのだが、華やかなステージ面があり、うかつにそのステージに上がれないこともある。

 親が一緒の場合、親と、別の子供の関係よりも、親同士の関係が生じる。

 子供は親が見ていてくれると、安心して滑ることが出来るため、子供同士の結界争いからは解放されることがある。

 公共的なものは、誰でも利用出来るのだが、任意の結界が、使いたくても使えない状況を生み出すことがある。

 そこで動的な諍いが起こるわけではないが、明快でない妙な態度や、妙な反応が返ってくることも多いはずだ。

 何処でも場を仕切っている者がおり、それが目障りと感じることもあるはずだ。