川崎フォトエッセイ  その1525 機械都市      HOME

 人が機械に合わせて動くとなると、人も機械的になるのだろうか。

 足の延長線上に電車や乗り物がある。確かに足の能力を超えた距離まで行くことが出来る。

 しかし、行く目的が、その機械を利用するためになることもある。乗ってみたいとかだ。

 機械化は自動と言うことでもあるのだが、機械の自動は、ある範囲内での自動で、それ以外のことは考慮されていない。

 自販機から100円玉のおつりが出ても、その100円玉を入れると、通じないこともある。100円玉という価値は、誰が見ても100円だ。

 しかし認識しないことがある。その時、機械が急に愚かなものに見える。

 機械から拒絶されたときのストレスは、理不尽なものとなる。

 人が機械に合わせて動かないといけなくなると、誰がメインなのか、または、目的だったのかが分からなくなる。

 

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